吉の助は、塩竃を出て北に向いましたが、
特に行くあてがあるわけではなく、
その日の宿も決めていませんでした。
「松島まで1里」と書かれている塚にさしかかった頃には
もう日も落ち、ほとんど真っ暗になっていました。
宿らしい建物もなく、仕方なく浜の番屋で眠ることにしました。
小さな浜の近くに2・3軒の番屋が立ち並び
番屋の横には古くなった船があり、
入り口には繕い途中の網がかけてありました。
戸を開けるとむせ返るような潮の匂いがしました。
懐かしい故郷の匂いです。
番屋は以外に広くて6畳ほどの広さがありました。
部屋の奥に2枚だけ畳が敷いてあるところがあり、
吉の助は、そこに横になりました。
疲れていたのか横になるとすぐ眠ってしまいました。
波の音以外に何も聞こえない
月も雲に隠れて真っ暗なそんな夜でした。
吉の助は、
夜中にけたたましく戸をたたく音がして
慌てて飛び起きました。
まだあたりは真っ暗で、
夜明けまではしばらく時間がありそうでした。
戸をたたいていたのは、吊るしてあった「浮き」でした。
風がでてきたらしく、木々の揺れる音や
波の音も高くなっていました。
吉の助は、暗闇の中で
目をこらして、辺りを見回しましたが、
不審なものはないので、また眠りにつこうと横になりましたが
今度は中々寝付けませんでした。
昼間の母親の墓のある丘の風景や
祖母の涙、志保屋の旦那の顔などが
頭の中をぐるぐると回っていて
気持ちが悪くなるほどでした。
吉の助は番屋をでて、海辺の船着場に腰をおろして
波の音を聞いていました。
しばらくそうしていると
やがて少しずつ闇が薄れて、
遠くに鳥の声が聞こえてきました。
「ああ、夜が明けるんだ。」
「今日も朝がきてくれたんだ。」
東の空は黒い雲に覆われていて
かすかにその切れ間が明るくなり、
そこに太陽があるんだろうと分かるくらいになりました。
黒い雲と朱色の日の光、その狭間の白い波頭。
吉の助は心の底から「美しい」と思いました。
何か自分の今まで持っていた悩みが全て溶けてなくなるような
そんな風に思えるような
そんな夜明けでした。



