2008年06月14日

(82)及川屋吉右衛門物語【第四部】その82


吉の助は、塩竃を出て北に向いましたが、
特に行くあてがあるわけではなく、
その日の宿も決めていませんでした。

「松島まで1里」と書かれている塚にさしかかった頃には
もう日も落ち、ほとんど真っ暗になっていました。

宿らしい建物もなく、仕方なく浜の番屋で眠ることにしました。

小さな浜の近くに2・3軒の番屋が立ち並び
番屋の横には古くなった船があり、
入り口には繕い途中の網がかけてありました。

戸を開けるとむせ返るような潮の匂いがしました。
懐かしい故郷の匂いです。

番屋は以外に広くて6畳ほどの広さがありました。

部屋の奥に2枚だけ畳が敷いてあるところがあり、
吉の助は、そこに横になりました。

疲れていたのか横になるとすぐ眠ってしまいました。

波の音以外に何も聞こえない
月も雲に隠れて真っ暗なそんな夜でした。

吉の助は、
夜中にけたたましく戸をたたく音がして
慌てて飛び起きました。

まだあたりは真っ暗で、
夜明けまではしばらく時間がありそうでした。

戸をたたいていたのは、吊るしてあった「浮き」でした。
風がでてきたらしく、木々の揺れる音や
波の音も高くなっていました。

吉の助は、暗闇の中で
目をこらして、辺りを見回しましたが、
不審なものはないので、また眠りにつこうと横になりましたが
今度は中々寝付けませんでした。

昼間の母親の墓のある丘の風景や
祖母の涙、志保屋の旦那の顔などが
頭の中をぐるぐると回っていて
気持ちが悪くなるほどでした。

吉の助は番屋をでて、海辺の船着場に腰をおろして
波の音を聞いていました。

しばらくそうしていると
やがて少しずつ闇が薄れて、
遠くに鳥の声が聞こえてきました。

「ああ、夜が明けるんだ。」

「今日も朝がきてくれたんだ。」

東の空は黒い雲に覆われていて
かすかにその切れ間が明るくなり、
そこに太陽があるんだろうと分かるくらいになりました。

黒い雲と朱色の日の光、その狭間の白い波頭。

吉の助は心の底から「美しい」と思いました。

何か自分の今まで持っていた悩みが全て溶けてなくなるような
そんな風に思えるような
そんな夜明けでした。
posted by きちえもん at 21:00| Comment(27) | TrackBack(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

(81)及川屋吉右衛門物語【第四部】その81


吉の助は、母親の墓に深く一礼をして、
さっき来た小道を降り始めました。

道の途中で振り返ると、
母親の小さな墓はもう見えなくなっていました。

「もう、ここに来ることもないだろう」と
吉の助は思っていました。

坂を降りきると、祖母と志保屋の旦那さんが待っていました。

祖母は、何か言いたげでしたが、
吉の助が顔を向けると、下を向き、何も話しませんでした。

吉の助は、引き止める祖母に深々と頭をさげ、
また参ります。と言い、
志保屋と一緒に小船に乗り込みました。

船が出る直前に祖母は小さな包みを吉の助に渡しました。

「お前の母親が、いつかお前に逢ったら渡したいと
 いっていたものじゃ。
 どうか受け取ってくれ。」
祖母はそういうと、背中をむけて立ち去っていきました。

吉の助は、言葉を失い、
ただ祖母の小さくなる背中を見ていました。

船が動き出し、祖母の家がだんだん小さくなり
やがて、母の墓のある丘も遠く小さな点に見えるまで
沖に来て、吉の助は自分が泣いているのに気がつきました。

訳もなく涙があふれ、吉の助は必死に声を殺していました。

しばらくして船は塩竃の港に着きました。

志保屋の旦那は、いろいろと話したいことがあるから
もう一晩泊まってくれと、頼みましたが
吉の助は、それを断り、薄暗くなりかけた道を
北に向って歩き始めました。

祖母から渡された包みは、まだ開けていませんでした。

何がはいっているのか、気にはなるけれど
見ないほうが良いような感じもして
明日の朝、開けてみよう。
訳もなくそう思っている吉の助でした。

でも、これから何処へ行こうか?

すでに日は落ち、暗闇が辺りを覆っていました。
posted by きちえもん at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

(80)及川屋吉右衛門物語【第四部】その80


吉の助は、夢をみていました。
父親と二人で沖で釣りをしている夢です。

二人とも無言で釣りをしていたのですが、
魚は1匹も釣れません。

やがて雨が降り出して、釣竿をあげて、港に引き返そうと
櫓をこぎはじめましたが、
船はドンドン沖に流されていきます。

波は次第にうねりを増し、風も強くなってきました。
ヤバイと思った瞬間、横波ををうけて船が大きく傾きました。

必死で船にしがみつき、何とか転覆は避けることができ、
ほっとして船の先方を見ると
今まで見たことのないような大きな波が
目の前に迫ってきました。

目の前が真っ暗になり、何がなんだかわからなくなり
吉の助は大きな声で何かを叫んでいました。
なんて叫んだのか自分でもわかりませんでした。

父の名前のようでもあり、母の名前のようでもあり
まったく違う言葉のようでもありました。

吉の助は、自分の叫び声に驚いて目を覚ましました。

枕元には祖母が静かに座っていました。

吉の助が目を覚ましたのを見ると祖母は
思い出したように
「すまないねえ。すまないねえ。」と繰り返しました。

「お墓に連れて行ってくれませんか?」
吉の助は、祖母に頼みました。

祖母は何も言わずにうなずき、
窓から見える小さな丘を指差しました。

「あそこにユキの墓があります。
 案内したいのだけれど、私の足では無理です。
 だれか道案内をたのみますから。」
と小さな声でいいました。

「自分でいくから案内は無用です。」

そう言って、吉の助は家の裏から続く細い道を
上り始めました。

丘の上に立つと、小さな墓が3つばかりあり
その右端の墓に花が手向けてありました。

丘の反対側は切り立った絶壁で
見下ろすと波が岩肌にぶつかっていて

下から風が舞い上がり、風に乗って波しぶきも
飛んでくるような、そんな丘の上に墓はありました。

吉の助は母親の墓の前で手を合わせ、
しばらくたたずんでいました。

一瞬、波が岩にあたる音が地鳴りのように聞こえ
そして、それにすぐ静寂が覆いかぶさる。

吉の助の心と同じリズムで風が吹いていました。
posted by きちえもん at 11:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

(79)及川屋吉右衛門物語【第四部】その79


「やはり、そうか。」
吉の助は、そう思いました。

「やはり、そうか。
 自分の母親が子供や家庭を捨てていなくなったのは、
 やはり男ができたからだったのか。

 母親の看病のためだと言って家をでて、
 普通なら帰ってくるはずなのに、いつまでたっても帰らない。

 理由は男しかない。とずっと思っていたけど、
 やっぱり、そうだったのか。」

吉の助は心の中で自答していました。

どんなに立派な理由をならべても、
仮にそれが半分は本当だったとしても、

母親が男の世話になっているために、
自分の所に帰ってこれなかったのには変わりはない。

吉の助は、そう思うしかありませんでした。

「それで、

 それで、母は今はどこにいるのですか?」

吉の助は、志保屋にでもなく 老婆にでもなく
小さな声で尋ねました。

「ユキは、今年の春に死にました。

 長いこと病気をしていて、死ぬ前の2年間は
 寝たりおきたりの生活でした。

 何度か貴方や貴方のお父さんにお知らせしようと
 思っていたのですが、

 その度にユキにとめられて、できませんでした。

 今となっては、取り返しのつかないことをしてしまったと
 心から悔いています。

 貴方から大切な母親を奪ってしまった上に
 ユキの生前に合わせることもできませんでした。

 ユキが病気になってからは、直ったらいつか
 貴方のところに連れて行こうと思っていたのですが、

 まさか、こんなに早く逝ってしまうとは・・・。

 本当に申し訳ないことをしました。

 この通りです。
 どうかお許しください。」

志保屋の旦那は、吉の助の前に手をつき、
深々と頭をさげ、何度も何度もわびました。

吉の助は、ただぼんやりと聞いていました。

母親の死を聞かされても、あまり特別な感情はなく、
自分の意識が、どこか遠くのところにあるような
まるで雲の上を歩いているような
そんな感じでした。

「かもめの鳴き声が聞こえますね。」

吉の助は、わけもなく、一言つぶやいて
気を失ってしまいました。

確かに遠くで「かもめ」の鳴き声が聞こえていました。
posted by きちえもん at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月31日

(78)及川屋吉右衛門物語【第四部】その78


吉の助は、自分の祖母だという老婆を目の前にしても
特別な感情はありませんでした。

今日こそ、実の母親に逢えるかもしれないという
期待感が大きすぎたせいかもしれません。

志保屋の主人と吉の助と老婆の3人は
互いに言葉を失い、しばらく無言でお茶をすすっていました。

「実は・・・」と切り出したのは、志保屋の主人でした。

「実は、貴方のおかあさんが家を出たのは、このばあ様が病気で
 その看病のためだったのです。

 ほかに身寄りもない自分の母親の看病のために
 仙台に戻って、母親の病気が治ったら貴方のもとへ帰ろうと
 最初は思っていたのだそうです。
 
 でも、母親の病気というのが「肺の病」でした。

 近所の人たちからは、気味悪がられるし、
 食べ物も売ってもらえず、家ごと焼いてしまえという者まで
 でる始末でした。

 悩みに悩んで貴方のおかあさんは、私のところに相談にきたのです。
 
 私は、二人を引き取りこの人里はなれた村につれてきました。

 ここは、私の小作人たちしかいない村ですし、
 色々と事情のある者たちだけの村だから安心だと思ったからです。」

志保屋は、遠くを見つめるように焦点の定まらない目で
庭の生垣のほうを向いて話していました。

老婆は、ただ下をむき、茶碗を見つめていました。

吉の助は、考えてもいない話の展開に少し戸惑いを感じていましたが
静に志保屋の話を聞いていました。

「この村に来てからは、私の知り合いの医者にも看せ、
 毎日、体によいといわれる食事をさせました。 
 次第に病気は回復してきました。
 心配していた「ゆき」へ病がうつることもなかったので
 世話した甲斐があったと喜んでいました。」

「私は、ゆきさんのお父さんには若い頃に大変お世話になり、
 私が今日あるのも、そのおかげだと感謝しています。

 その奥様と娘さんが困っているのを助けるのは当然のこと
 だと思ってお世話したのですが、
 貴方のおかあさんのゆきさんとおばあさんは、
 それでは申し訳ないといって、きかないのです。

 ある日、いつものように二人の家を訪ねると
 ばあ様から「ゆき」を妾にしてほしいと頼まれました。
 そんなつもりはないと断ったのですが
 それでは気がすまないので、どうかお願いです。と
 何度も頼まれ、私も断りきれずに
 「ゆき」の面倒をみることになってしまいました。」

そこまで話すと志保屋は、お茶をすすり、
ばあ様の方に目をやりました。

ばあ様は、目にうっすらと涙を浮かべていましたが、
表情はあまり変わりませんでした。

吉の助もまた、あまり表情を変えずに
ただ庭をみていました。

鳥の鳴く声が聞え、遠くに波の音がしたような気がしました。
posted by きちえもん at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月29日

(77)及川屋吉右衛門物語【第四部】その77


翌朝、吉の助は、
志保屋の主人と二人で小さな船に乗りこみました。

前の晩は、あまり眠れなかった吉の助は、
朝の日差しをうけて波間が輝くのが眩しくて、
伏せ目がちに船頭がこぐのをぼんやりと見ていました。

小半時もすると船は小さな港に着きました。
塩竃から1里半ほど南の小さな漁村です。

岸から小さな桟橋が延びていて、
その桟橋に船を着け、岸にあがりました。

浜辺には家はなく、
浜辺から小高い丘へ通じる小道がありました。

志保屋の主人の後を無言でついていくと
やがて少しだけ平らな土地に
民家が4軒ばかり建ち並んでいる所につきました。

猫の額ほどの小さな田んぼが2・3面、
同じくらいの大きさの畑があり、4軒の家を取り囲むように
竹やぶが生い茂っていて、ひんやりとした風が頬を打ちました。

志保屋は、その中の1軒を指差し
「あそこが貴方のお母さんが住んでいた家です。」と言いました。

「住んでいた?」と吉の助は聞き返すでもなく独り言でもなく
ちいさく呟きました。

その問いに答えず、志保屋はその家の中に入っていきました。
吉の助も後に続きました。

木戸を開けて庭に入ると筵を広げて一人の老婆が
豆を干していろところでした。

吉の助と志保屋を見つけて老婆は、こちらに近づいてきました。

家の中に通され、老婆と吉の助は
小さな囲炉裏のはさんで向かい合うように座りました。

「あなたのばあ様じゃ。」志保屋の主人が吉の助に話しました。

吉の助は、どういう風に応えればよいのかわからずに
言葉がでませんでした。

「ばあ様? 確かに母方の祖母の消息は聞かされていない。
 母のことばかり考えていたが、母にも家族がいたのだから
 ばあ様がここに居ても不思議ではないが、
 ばあ様か?」

と、心の中でつぶやくだけでした。
posted by きちえもん at 18:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

(76)及川屋吉右衛門物語【第四部】その76


吉の助の前に現れたのは、志保屋の主人でした。
とうに還暦は過ぎている様子ではあるけれど
あまり年を感じさせない上品な顔立ちをしていました。

二人は、しばらく無言で向かいっていましたが
やがて女中がお茶を置いて部屋をでていくと
志保屋の主人の方から口を開きました。

「今日おいでになったのはお母さんのことですか?」

あまりにも突然、核心ををついた言葉を聞いて
吉の助は一瞬ためらいましたが、正直に話はじめました。

「その通り私は自分の母親を探しています。
 母は私が幼いころに私を捨ててどこかへ逃げてしまいました。
 志保屋さんならご存知かと思い、訪ねてきました。」と。

志保屋は、少し思案している風に天井を見上げてから
静かに話しはじめました。

「わざわざ遠い所を訪ねてきた方に、
 いい加減なことは言えません。
 いつかは、あなたに本当のことをお話するときがくると
 思っていました。
 本当は、私のほうから出向いていって説明するべきでしたが
 どうしても勇気がなくてできませんでした。」

少し考えをまとめながら話している、そんな話ぶりでした。

「最初にことわっておきますが、
 あなたの母親のユキさんは、あなたを憎くて捨てたわけでは
 決してありません。
 本当にやむにやまれぬ事情があって、あなたを手放したのです。
 そのことだけは信じてあげてください。
 信じていただけますか?」

大きな力のこもった目で見つめられ、
吉の助は、思わずうなずいてしまいました。

そして大きく首を左右にふると、
「とにかく事情を話してください。
 話をきかずに信じるも信じないもないでしょう。」
と少し大きな声でこたえました。

「それはそうですね。
 実は、明日一緒に行ってもらいたいところがあります。
 話のつづきは、そこでいたします。
 今日は我が家でお休みいただけませんか?
 明日の朝はやくでかけますので、ゆっくりと体を
 休めてください。」
 
そういうと志保屋は、吉の助を残して
部屋を出て行ってしまいました。

吉の助は、どうしていいかわかりませんでしたが
もうこうなったらついていくしかない。

「とにかく明日だ。」
そう心でつぶやく吉の助でした。
posted by きちえもん at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

(75)及川屋吉右衛門物語【第四部】その75


吉の助は、塩竃の志保屋の前に立っていました。
志保屋は、かつて父親の及川屋吉右衛門が4年間修行した店で
吉の助の母親のユキを吉右衛門に紹介したのも志保屋の
旦那さんでした。

吉の助は、旅に出るまで自分を捨てて家をでた母親に
逢いたいと思ったことは一度もありませんでした。
母親の顔も知らず、母親というものがどのようなものなのか
さえ知らずに育ってきたからです。

そんな自分が、何故母親がいるかもしれない
塩竃に来たのか、吉の助自身もよくわかっていませんでした。

ただ、自分の母親がこの町にいるかもしれない。
そう思うと、今まで感じたことのない感情がめばえている
それは拭い去れない事実でした。

とにかく母親を探してみよう。
それからのことは、それからだ。

吉の助は、そっと志保屋の店のまえの暖簾をたくし上げ
店の中に入っていきました。
思っていた以上に大きな店で、大勢の奉公人と客が
それぞれに談笑していました。

手の空いている奉公人を探しましたが
10歳くらいの小さな丁稚しか見当たりません。

しかたなく吉の助は、その丁稚に尋ねました。

「番頭さんに会いたいんだが、おいでになりますか?」
丁稚は、吉の助のことを下から上まで見定めるような仕草をしながら
「ちょっと待ってください。」と言い
帳場の奥へ走り去って行き、
やがて小太りの奉公人らしい男を連れて戻ってきました。

奉公人らしい男は、いかにも不審人物をみるような目で
吉の助を見ながら、どんな用件かを尋ねました。

吉の助は、自分は気仙郡広田村の及川屋吉右衛門の息子で
母親を探している。

ご主人は、自分の父親の媒酌人だから知っていると
聞かされてやってきました。と説明しました。

「及川屋」の名を聞いたとたんに、男の顔色は変わり、
奥に一度引きさがった後に、すぐに戻ってきて
「こちらへどうぞ」と吉の助を奥の部屋に案内しました。

やがて、吉の助が待っている部屋に一人の年配の男性が
入ってきました。
posted by きちえもん at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

(74)及川屋吉右衛門物語【第四部】その74


塩竃の町外れの「旅籠」に泊まって、
すっかり旅の疲れがとれた吉の助は、翌朝早くに
身支度を整え、旅籠をあとにしました。

帳場で勘定をしているときに昨夜の仲居を尋ねましたが
その日は昼過ぎから来るというので、住んでいる場所をを聞き
町に出る前に訪ねることにしました。

タキという名の仲居の住まいは、教えられた通りに
塩竃神社の参道の脇にありました。
タキの家は、参拝にくる人たちに団子や蕎麦をだすような
小さな店でした。

タキは、店の横の勝手口の前で小さな魚をさばいて、
干物を造っていました。

吉の助の姿を見て、タキは最初怪訝そうな顔をしていましたが
すぐに夕べのことを思い出したらしく
「お客さんですか。こんなところにおいでなさって。」と
すぐに立ち上がり、奥に案内してくれました。

吉の助は、母のことを尋ねてみました。
「ユキ」という名前で、誰かの「囲われもの」らしいことなど
知っているかぎりのことを話しました。

でも、残念ながらタキはユキのことは知りませんでした。

しきりに首をかしげ、空を見上げるようなしぐさをしながら
タキは一生懸命に思い出そうとしているようでしたが、
とうとう思い出すことはできませんでした。

誰かに似ているんだがなあ。にているんだがなあ。
とタキは何度も首をかしげ、
しまいには「すまないねえ。すまないねえ。」と
頭をさげるだけでした。

吉の助は、また来るから何か思い出したら
教えてほしいをお願いをして、タキの家をでました。

ゆっくりと川沿いの道を歩いていき、
生垣が吉の助の身丈よりも高くある大きなお屋敷の角を
曲がると、突然目の前に海がありました。

吉の助の村の砂浜とは違い、岸壁の向こうに見える海は
故郷の海の色より青いような気がしました。
「この海も故郷まで続いているんだろうか?」

いつのまにか吉の助は「志保屋」の前に立っていました。
posted by きちえもん at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月23日

(73)及川屋吉右衛門物語【第三部】その73


吉の助は、かつて実の母親がすんでいたという
塩竃の町にたどり着きました。

父親がかつて修行をし、両親の媒酌人でもある「志保屋」を
尋ねれば、母親の消息がわかるかもしれない。
それは分かっていても、何となくすぐには
志保屋にいきたくない吉の助でした。

2・3日の間は町外れの旅籠で旅の疲れを癒し
それから本格的に母親を探してみようと思っていました。

浜辺にポツンとたっている温泉旅館に宿をとり
風呂に入って夕食を食べようとしたとき、
見ず知らずの仲居が吉の助の顔を繁繁と見て
誰かに似ていると言い出したのです。

年のころは40歳くらいのタキというその仲居は、
吉の助が誰に似ているのか思い出せないらしく、
しきりに誰だっけ誰だっけと話し、忙しそうに台所に
戻っていってしまいました。

「母親のことだろうか?」
それともまったく関係ない話だろうか?
とにかく明日になれば分かることだ。


旅の疲れが出たのか、吉の助は日暮れとともに
眠りについてしまいました。
posted by きちえもん at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。